株式会社鮎家 代表取締役社長 齋藤 利彦 様
私は、3年前に始めて木原俊壱先生にお会いしました。
かかりつけの整形外科より脳神経外科木原先生の紹介をしていただきました。先生の診察を受けるまで私の頭の中は不安でいっぱいでした。
国際的に有名な名医と知人やいろいろな方からも聞いておりました。聞けばきくほどよけいに、どのような先生なのか見当もつかず、私はだんだん気が重くなる反面一度お会いして是非、診察を受けたいと思いました。
私は、30年程前に交通事故にあい、むち打ち症がなかなか治らず、肩はこり、だんだん痛みが通りすぎ苦しい病状になって参りました。長年の首の痛み、腰の痛みを木原先生にいろいろと相談をしました。 木原先生は笑顔いっぱいで、大きなはっきりした声で「齋藤さん、首は3cmほどの切り口で手術をします。安心してください。」というお言葉で頚椎の手術を受けることになりました。
頚椎の手術の直前、私は持病の不安障害にかかり木原先生や手術室の皆様には大変ご迷惑をおかけし、ご心配をかけてしまいました。でも手術が終わり、木原先生は笑顔いっぱいで大きな声で「齋藤さん手術は成功ですよ!明日から少しずつ歩いて運動をして下さい」と言われました。私は手術前の不安障害はいったいなんだったのか、また、先生の言葉にビックリしました。そして予定通り退院し、翌日から自宅にて会社の仕事に戻りました。
ゴットハンドといわれる木原先生はチームワークも大切にされ、又、入院中の患者さんたちには、朝、夕必ず笑顔と元気な声をかけ、私や患者さんは本当に勇気付けられ心のケアもされている素晴らしい先生です。
頚椎の手術から3年後、私は腰に強い痛みが再々おこり、木原先生の診察を再度受けることになりました。「重症の脊柱管狭窄症」と診断されました。
私は少々ショックを受けましたが「やっぱり」と納得しました。手術を受けるまでは足の痺れと腰の痛みがひどく、足の底は痺れ、感覚が無くなることがたびたび起こりました。杖を支えにして20から30歩歩くと杖を持っていても痛みで立ち止まることが多くなり、腰の痛みには大変苦しみました。杖ではおいつかず車椅子を買い求め何処に行くにもいつも持ち運び車椅子を使用しておりました。腰の悪い人でしかわからない腰から足の底までのあの痛みは夜も寝られない苦痛の痛み方でした。
何処に行くにも車椅子が必要になりだんだんと家から出る事が苦痛になり、死にたいぐらい痛みに毎日悩まされておりました。
大津市民病院の脳神経外科の病室はいつも入院患者で常にいっぱいであり、入院の病室待ちとなりました。やっとの思いで入院することができ、数日後に手術を受けました。
手術の当日、頭の中は頚椎の時の様に不安障害が起こりパニックになるのがとても怖くて不安でいましたが、木原先生には何度も病室に声をかけていただき、パニックと不安と手術の心配を考える余裕が無いまま手術室に向かいました。
手術直前、再度木原先生が来られてやさしい言葉をかけていただきました。手術前の患者にとっては、先生からの一言が安心感を持ちとても癒されます。先生のご配慮で今回は不安障害が起こらずに脊柱管狭窄症の手術を無事に終えることができました。
1日ベッドで安静にして、2日目からは自分の足でレントゲン・CT等に車椅子を使わずに自分の足で歩いて行く事ができました。たった1日ベッドで安静にするだけであの死にたいほどの痛みや痺れの苦痛は無くなり夢のようであり、こんな事が本当にあるのかと感動と感謝で私はいっぱいでした。
木原先生の頚椎・胸椎・腰椎の手術レベルは世界的に素晴らしいもので、滋賀県が誇る大きな滋賀県ブランドです。滋賀県の食品では「近江米」「野菜」「湖魚・鮎」等の滋賀県ブランドもありますが、ゴットハンドで命・苦痛を助ける最大の滋賀県ブランドと私は思います。
大津市民病院の脊髄障害に情熱をもたれる「木原俊壱先生と大津市民病院のスタッフ一同永く在院をいただき、日本最高ブランドを続けていただきたく存じます。
感謝